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広島高等裁判所 昭和22年(ツ)2号 判決

上告人 原告・控訴人 上本松藏

訴訟代理人 田中秀次

被上告人 被告・被控訴人 松本時太郎

訴訟代理人 長砂鹿藏 復代理人 三浦強一

主文

原判決を破毀し、本件を鳥取地方裁判所に差戻す。

理由

上告訴訟代理人から提出した別紙上告理由書記載の論旨に對し、次の通り判斷する。

原審が所論の如き理由を掲げ上告人の取得時効の抗辯を排斥したことは所論の通りである。しかしながら原審口頭辯論調書並に原判決事實摘示によれば上告人は第一審以来本件係爭土地は上告人所有の鳥取縣東伯郡浅津村大字南谷字ナル四百十六番の一の土地の一部分であつて被上告人所有の同所四百十六番の二の土地の範圍に含まれるものではない。即ちこの部分は大正二、三年頃被上告人先代に譲渡したものでないと抗爭していることが明かであるから、上告人において上告人先代が大正二、三年頃右四百十六番の二の土地を被上告人先代に譲渡した事實を自認しても、そのことだけでは原判示の如く上告人先代次で上告人が係爭土地の部分が被上告人先代次で被上告人の所有であつて上告人先代次で上告人の所有でないことを充分知つていたものである、従つて上告人先代次で上告人が本件係爭土地を所有の意思で占有したものでないと即斷することはできない。そればかりでなく民法第百六十二條にいわゆる所有權の取得時効の要件の一つである所有の意思を以てする占有とはものについて所有者と同様な支配をなす意思をもつてする占有をいうので、必ずしも占有者が所有者であると信ずることを必要としないと解すべきであるから、假に上告人において本件係爭土地が被上告人所有の四百十六番の二の土地の範圍に含まれていること、從つてその所有權が上告人先代次で上告人に屬していないことを知つていたとしても、上告人先代及び上告人が本件係爭土地を同條にいわゆる所有の意思で占有することはあり得ることであるから、原判示の如く上告人は係爭土地の部分が自己の所有でないことを知つていたのであるから上告人は所有の意思をもつて占有したものでないと即斷することはできぬ筋合である。それゆえ、若し上告人主張の如く上告人先代次で上告人において本件係爭土地を引續き三十八年間以上占有した事實があるとすれば、たとえその占有の始善意無過失でなくとも時効中斷の事由がない限り民法第百六十二條第一項の二十年の取得時効の完成に因り上告人は本件係爭土地の所有權を取得したものと言わねばならない。しかるに原審は上告人先代が本件係爭土地を占有し始めた時期については何時明示せず又上告人先代次で上告人が果して三十八年間以上係爭土地の部分を占有していたかどうかについて何等判斷せず(時効中斷の再抗辯は原審においては被上告人の主張しないところである)慢然原判示の如き理由で上告人の取得時効の抗辯を排斥したのは民法第百六十二條の規定の解釋を誤つたか又は審理不盡理由不備の違法あるもので、原判決は到底破毀を免れない。

よつて民事訴訟法第四百七條に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 小山慶作 判事 横山正忠 判事 和田邦康)

代理人田中秀次の上告理由

原判決は擬律錯誤の違法な判決である

上告人は假定抗辯として其主張境界線上方即ち東側一体の土地は假りに被上告人所有の四一六番の二の土地だとしても上告人は斷崖より上方一体の土地を自己の所有地として平穩公然善意無過失に占有耕作して居たのであつて其の期間は實に明治四十年五月中上告人先代正松が被上告人先代條吉の懇望で右四一六番の二畑十七歩を分割讓渡して以来上告人主張線より上方一体の土地に桑蔬菜を栽植して耕作を繼續し大正八年四月十七日先代正松隱居し上告人が家督相續した後は上告人が引繼き自己の所有地として耕作して来たもので先代正松の占有丈でも十年間、上告人は二十八年間で兩者合算すれば三十八年間である其の間被上告人先代條吉も被上告人も一言の異議もなく上告人及先代の占有を容認し殊に上告人は大正八、九年頃本宅新築の際地上用の土を本件係爭地域から取り更に昭和九年中には土藏新築に當り壁土用の土砂を採つたけれども被上告人から何等の異議も出なかつたのであるから右土地に對する取得時効は完成して居るから上告人は本訴で之を援用したのである然るに原判決は「控訴人先代が該四一六番の二の土地をば大正二年頃被控訴人に譲渡した事は控訴人の自認する処であるから控訴人先代は勿論控訴人に於てもその土地が右譲渡後被控訴人先代次で被控訴人の所有であつて控訴人先代次で控訴人の所有でない事は充分知悉して居たものと謂ふべきである從つて控訴人先代次で控訴人がこれを所有の意思を以て占有して居たものと肯定し難いのみならず」云々と説明して上告人の右抗辯を排斥せられたけれども苟も占有者は所有の意思を以て善意平穩且公然に占有を為すものと推定せられることは民法第百八十六條の明定する処であつて又占有者が占有物の上に行使する權利は之を適法に有するものと推定せられるから上告人が本件土地を占有して三十八年間に及ぶ事は當事者間に爭がない以上被上告人が右推定を妨げるべき主張と立証を為す迄は前記法條によつて上告人は所有の意思を以て善意平穩且公然に而も適法に斷崖稜線上方即ち東側地域全部に對し占有權を行使するものと推定せられるのであるにも拘らず原判決が單に上告人に於て右四一六番の二の土地が曽て上告人先代に譲渡せられた事を自認した丈けで前記地域の土地を所有の意思で占有したものでないとか、或は善意無過失の占有でないと斷定したのは前記法條及時効の法規を誤解したものに外ならない

無論上告人正松は右四一六番の二の土地は分割して被上告人先代條吉に賣つたのであるから該地が自分の所有でない事は百も承知であるし上告人も公簿の上から父正松が該地を被上告人先代條吉に賣却した事は充分承知して居るけれども上告人も先代正松も右四一六番のこの土地は賣却後間もなく被上告人先代が切取つて崩して下段の宅地を拡張し今残つて係爭して居る土地は四一六番の一の自分の土地だと確信して占有耕作を繼續して来たのであるから原判決説明の樣に四一六の二の土地は被上告人の所有に帰した事を上告人も知つて居るから係爭土地に對する上告人の占有は所有の意思がないと即斷すべきではない原判決は多分本件係爭地域は四一六番の二で上告人及び先代正松も斯く認識して居たと盲斷せられたのであらうが上告人及先代正松は右係爭土地は四一六番の一で自分の土地と確信して占有したのであるから所有の意思に基いて占有したのである

更に原判決は上告人先代正松次で上告人の占有は「十五年前約八年間控訴人が右土地の土砂を掘取つた際被控訴人の所有であることを主張し抗議したのに對し控訴人に於てこれを容認した」事實から上告人の占有は善意無過失でないと説示せられたが被控訴人が控訴人の土砂採取に異議を謂つた事控訴人が其抗議を容認した事實などは跡方もない事實で全然虚構であるが先代正松が本件土地を四一六番の一の自己の土地だと確信して占有し上告人が家督相續で先代正松の占有を承繼した以上は占有の初めに於て善意無過失であつて現に上告人が平穩公然に占有を繼續して居るのであるから善意であることは法律上當然推定を受けるのである

假りに上告人の占有が占有の初めに於て悪意であり過失があつても先代乙松と上告人の占有を合算すれば三十八年上告人だけの占有でも二十八年間であるから立派に取得時効は完成して居る

然るに原判決が上告人の占有は所有の意思がないし善意無過失の占有でないと謂ふ理由で上告人の主張を排斥せられたのは占有並に時効に關する法條を誤解した判決であるから破毀せられるものと思ふものである

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